濃く色づく桜に”キョウ”を一杯

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 濃紺の景色に浮き立つ桃色の一本の大樹。  私は茶色の紙袋二つを片手にこの夜桜観賞にやってきた。 「やっぱり、ここはいつ来ても空いているなー」  この時期になると桜が咲いている公園などは夜桜で一杯しゃれ込むサラリーマンや学生などが多く、人ごみが苦手な私はそんな光景を見た途端Uターンをしてしまうことがしばしばだ。  しかしここは大きく立派な桜の木があるにも関わらず、先客が花見をしている様子も無い。私だけの秘密の場所だ。かれこれ、五年連続で通っている気がする。  公園の桜に負けず劣らずの綺麗さで、普通のソメイヨシノに比べて少しばかりピンク色が濃いような気がするところがお気に入りのポイントだ。  よーし、今日はとことん夜桜を眺めつつ楽しむぞ。  私は意気揚々と持ってきたレジャーシートを広げて腰掛けると、 「隣、よろしいですか?」  突然青年に声をかけられた。今さっきまで人が居たような気配はない。一体、何時の間にやってきたのだろうか? 「あ、どうぞ。私一人だけなので」  私は青年に答えると、青年はありがとうございますとお辞儀をする。その所作にはどこか気品のよさが表れていた。  青年はスクウェア型の黒縁眼鏡を時折くいくいと微調整しながら私の隣へと座り込んだ。 「花見をしようと辺りをうろついていたら道に迷ってしまって。お恥ずかしい限りですが……」  青年は青黒いゆるくパーマがかった髪を揺らしながら申し訳無さそうに笑う。青年が目を開けると、まるで満月を象ったような金色の瞳が私を映し出した。 「ふと大きい桜が見えてこちらの方へやってきたわけなのですが、もしかしてお姉さんの私有地だったりしたでしょうか? 見る限り貴女の姿しか見えなかったようなので」  もしそうだとしたら直ぐにお暇しますね、と青年は立ち上がる。 「あ、別にそういうのじゃないから。ココってあまり知られていないみたい。五年前からココで花見してるけど、毎回私くらいしか居ないわよ」  女性一人で夜桜見物って結構寂しいものよねぇと私は自虐地味に語ると、青年はそんなことないですよ。と言葉をかけてくれた。 「ほう。五年前からお姉さんはここで一人酒っていうやつなのですね」  青年は上を見つつ何やら考えている様子だった。
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