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「前のと違うんじゃないか?」
「前のって!部長、あれは……」
紗衣の表情が困惑から怒りに変わるのが分かって、言葉が尻窄みになる。
「あれは勘違いというか──」
いつもは気弱な部長が珍しくキリリと表情を引き締めて、俺の弁明を遮った。
「戸川君。若いうちは色々あるとは思う。僕もそうだった。でも、結婚前にきちんと身辺を整理すべきだ」
さりげなく混ぜ込まれた部長の若かりし頃の武勇伝に構う余裕もなく、誤解を解こうと声を上げる。
「違いますよ!あれは勝手に」
ところが部長は俺の弁明など聞いちゃいなかった。
「やあやあやあ、失礼したね!君が本物の婚約者か!」
本物て、他に偽物がいたみたいじゃないか!
部長は満面の笑みで紗衣に向き直り、両手を握って振り回した。
とりあえず俺の身辺整理問題は後回しにして「新たな婚約者」のため、この場を盛り上げようと決意したらしい。
人情派で単細胞の部長の失言は止まらない。
「経企室の渡辺さん、かな?よろしくね!」
「部長、そちらは成──」
「成瀬です」
紗衣までが俺を遮った。
後が……この後が怖すぎる。
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