一両目 心の旅路

9/65
前へ
/228ページ
次へ
「もしかして、あなた、所長とは鉄ヲタ仲間ですか?」  寝台車の名前を言い当てたことから、もしかして曳野の友人かと想像した。  すると、男は憤った。 「俺があいつの鉄ヲタ仲間だって? 不愉快だ!」 「あ、すみません! でも……、それをプルマン・カーだと当てているから……」 「これぐらいの名前は、誰だって知っているだろ」 「プルマン・カーを? いいえ。普通は知りませんよ。だって、アメリカの昔の寝台車ですよ。鉄ヲタ以外で誰が一目で分かるって言うんですか?」  プルマン・カーとは、アメリカで作られた世界最初の寝台車のことだ。  その模型は入手が大変困難で、曳野は特に大事にしていた。  だから、万が一にも傷でもつこうものなら大変なことになる。 「君もよく知っているじゃないか。あいつに感化された? ああ見えて、影響力半端ないからな」  男はニヤニヤした。  どうやら、曳野をよく知っているようだ。 「えっと、あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」 「俺の名は、曳野千路(ひきの せんろ)」 「線路?」 「鉄道線路じゃないぞ。千の路(みち)と書いてセンロ。まあ、もともと線路に引っかけているんだけな」 「線路……。鉄……。もしかして、その顔……」  目の前の男の顔をよく見た。 (この顔に所長の黒縁メガネを掛けたら……、そっくりじゃない!?)  だからどこかで見たような気がして、親近感まで生じたのだ。 「俺は曳野鉄の弟だ」 「わあ! 初めまして! 私、ここで働かせてもらっている宇佐美操です」  ウサミミは慌てて頭を深々と下げた。  ウサミミは、今まで曳野から家族の話を聞いたことがなかった。だから、曳野に弟がいることを知らなかった。
/228ページ

最初のコメントを投稿しよう!

184人が本棚に入れています
本棚に追加