死にに行く

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 首まで水に浸かったとき、私の名を呼ぶ声がした。  森のなかとは思えない、奇妙で独特な反響……ここは!  あの温泉宿の露天風呂に、私は浴衣のまま突っ伏して横になっていた。 「横沢? お前コチューの横沢だろ?」 「コチュー……?」 「あれ、違う? 都立南湖中学」 「……あ」  それは、中学のときの憧れの人だった。  急に、どたばた、と複数人の足音と会社役員の声がした。私は反射的に身を固くする。 「どうしたの? 横沢」 「……助けて」  それだけ言って彼の背に隠れた。  がらがらと引き戸を開ける音がする。 「ん? あれ瑞旗君、ここに若い女性はいなかった?」 「いいえ? 私はお客様が露天風呂に忘れ物でもしたんじゃないかと仰るので探しにきたんですが、女性は見てませんよ」  露天風呂の岩影に私を押し込んで、そう言ってくれた彼。実はここに勤めてるんだ、と歯を出していたずらっぽく笑ってみせた。 「で、横沢はあの男たちが怖いんだね」  会社役員のことだ。私はうなずいた。 「任せて。職権乱用で俺がお前の荷物とってきてやる」 「職権は乱用するもんじゃない」  後ろから聞こえた声にびっくりして振り返ると、そこにはさっき役員を誘導していたスタッフがいた。 「瑞旗君。その女性は君に助けを求めたんだね」 「はい」 「警察に通報して、宿として保護させていただくよ」  そう、なぜ私は泣いているのだろう。
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