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「あの露天風呂、宿に伝わる伝説によると、小野篁が見つけた温泉らしくてさ」
「オノノタカムラ……ジョンカビラみたい」
「おいおい……外国人じゃない、昔の日本人だよ、平安時代の人」
ハハハと軽快に笑う彼と、へえ、と曖昧に頷く私。歴史には疎いのだ。そんな私を置いてけぼりにして語り続ける彼。
「小野篁は閻魔大王の補佐を毎夜行っていたとか、紫式部の罪をとりなしたとか、色々不思議な伝承が数多く残っている人なんだ。史実では壊れた船を押し付けて航海させようとしたやつと喧嘩してしばらく流されてたんだけど、無事役人に復帰した波乱万丈な人なんだよ。その小野篁が、普段使っていた地獄への通用口としての井戸が京都にあるんだけど、流罪になってからも大王の補佐はサボれないからあの露天風呂があったところの石から地獄に、まあいい方はあれだけど、通勤してたわけ」
地獄に通勤、まさに私じゃんと言った私に、いやそれはどうかな、と彼は言った。
「彼、頭が良すぎて狂人扱いされてたらしいから、案外人知を超えた存在としか仕事ができなかったのかもしれないし。で、その石なんだけど、小野篁が無事都に帰れることになる三日前に急に地獄への通路が閉ざされて、温泉が湧いて来たんだってさ。そこで小野篁は、自分の死後不当な扱いを受けている人を救う菩薩になることを決めたんだって。横沢は小野篁に救われたんだよ、きっと」
へええ、とまた頷く私。
「じゃあ瑞旗くんは小野篁が下野した仮の姿なんだね!」
だって私を救ってくれたのが瑞旗くんであることは譲れないし。
「わわわ、俺そんなすごいやつじゃないし……恐れ多いよ!」
彼はそう言って顔をぶんぶんと振った。
本当に歴史が好きなんだな……。私は少し淋しかった。
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