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「 ねぇ、お兄ちゃん 」
その弾んだ声に、思わず振り向いてしまった。
すると、俺から5m離れたところに、何かがいた。
子どものような背丈だが、髪で隠れていてはっきりと顔が見えない。
「 ふふ、聞 こ え て る ん だ 」
───その何かが、確かに笑ったように見えた。
(……やべぇ!)
そこからは一目散に走りだす。
頭の中では危険信号が鳴り響き、昼の疲れもどこかに吹っ飛んだかのように「早く、速く」と身体も叫んでいた。
こういう体験をするのは久しぶりだった。
いつもヒトならざるものがいても、見えていないふり、聞こえていないふりを貫く。
ここまで明確に、存在感を知らせてくるモノに出会うのも久しぶりだった。
「 ねぇ 」
───すぐ後ろにいる。
こんなに全力で走っているのに、先程より近く声が聞こえた。
その息遣いも聞こえた気がして、嫌な感じが消えない。
怖い
そう思った瞬間、限界を迎えていた足がとうとう力尽きた。
足が縺れ、体が前に傾く。やばい。
「……いっ、てぇ」
無様にも満足に受け身も取れず、左肩から地面に倒れこむ。
痛がっている暇はない。逃げないと──
「──あれ?」
ふと、光が俺を照らす。
反射的に肩を揺らすが、聞こえたのは予想を反して男の声だった。
「犀葉?」
「え、……祿郷さん?」
「なにしてんだよ、こんなところで」
聞き覚えがある声だと思ったら、祿郷さんだった。
服装が昼間の紺色の作務衣でなく、白い作務衣だった。
白い作務衣は七分袖から見える黒いシャツ、同じく白いズボンに、足袋だ。
どこにでもあるようだが、そんな作務衣は俺は見たことがなかった。
「祿郷さんこそ、こんなところで何してるんですか?それに、その恰好は?」
「あー…仕事中だ」
祿郷さんにしてはめずらしく話を濁した。
右手で後頭部を掻きながら、視線は左に移す。
言えないことを聞いたのかな。
(やばい…!)
そこでふと先程のことを思い出し、勢いよく後ろを振り向く。
しかし、そこには人影はなく、変わらず街灯しか光を灯していない住宅地が広がっていた。
嫌な気配もなくなっていることも確認して、安堵の大きな溜息が零れた。
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