第2話 神主の日常

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「 ねぇ、お兄ちゃん 」 その弾んだ声に、思わず振り向いてしまった。 すると、俺から5m離れたところに、何かがいた。 子どものような背丈だが、髪で隠れていてはっきりと顔が見えない。 「 ふふ、聞 こ え て る ん だ 」 ───その何かが、確かに笑ったように見えた。 (……やべぇ!) そこからは一目散に走りだす。 頭の中では危険信号が鳴り響き、昼の疲れもどこかに吹っ飛んだかのように「早く、速く」と身体も叫んでいた。 こういう体験をするのは久しぶりだった。 いつもヒトならざるものがいても、見えていないふり、聞こえていないふりを貫く。 ここまで明確に、存在感を知らせてくるモノに出会うのも久しぶりだった。 「 ねぇ 」 ───すぐ後ろにいる。 こんなに全力で走っているのに、先程より近く声が聞こえた。 その息遣いも聞こえた気がして、嫌な感じが消えない。 怖い そう思った瞬間、限界を迎えていた足がとうとう力尽きた。 足が縺れ、体が前に傾く。やばい。 「……いっ、てぇ」 無様にも満足に受け身も取れず、左肩から地面に倒れこむ。 痛がっている暇はない。逃げないと── 「──あれ?」 ふと、光が俺を照らす。 反射的に肩を揺らすが、聞こえたのは予想を反して男の声だった。 「犀葉?」 「え、……祿郷さん?」 「なにしてんだよ、こんなところで」 聞き覚えがある声だと思ったら、祿郷さんだった。 服装が昼間の紺色の作務衣でなく、白い作務衣だった。 白い作務衣は七分袖から見える黒いシャツ、同じく白いズボンに、足袋だ。 どこにでもあるようだが、そんな作務衣は俺は見たことがなかった。 「祿郷さんこそ、こんなところで何してるんですか?それに、その恰好は?」 「あー…仕事中だ」 祿郷さんにしてはめずらしく話を濁した。 右手で後頭部を掻きながら、視線は左に移す。 言えないことを聞いたのかな。 (やばい…!) そこでふと先程のことを思い出し、勢いよく後ろを振り向く。 しかし、そこには人影はなく、変わらず街灯しか光を灯していない住宅地が広がっていた。 嫌な気配もなくなっていることも確認して、安堵の大きな溜息が零れた。
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