あるいはあの枝から

10/15
前へ
/15ページ
次へ
店の後片付けをした後、お隣の佐藤さんが、知り合いの農家からいただいたからと、大量の林檎を持ってきてくれました。 そのあとは、世間話が長引いてしまって、夕食を食べて、お風呂に入って、就寝。 目を閉じる瞬間、そういえば、イズミに電話するのわすれていたな、と気づいたのです。 明日の朝一番にかけよう。 忙しい朝だから、嫌がるだろうけど、でも、そうしないといけないような予感がしたんです。 翌朝、目が覚めて、一番に娘に電話をかけました。 案の定、慌ただしい朝ですから、娘の態度は、そっけないもので… でも、急に、泣きだしたんです。 理由は、わかりませんが、ああ、やっぱりそうなんだと、どこか納得もしました。 ずっとずっと、我慢して、ひとりで頑張ってきたのでしょう。 弱音を吐ける相手もいなかったのでしょう。 ギリギリまで、我慢した涙が、堰を切ったかのように溢れだしたのでしょう。 「…帰ってきなさい」 夫が亡くなった時、帰ってくると言ってくれた娘には、言えなかった言葉。 今、言うべきだと思いました。 「…でも」 「でも、じゃない。いいから、帰ってきなさい」 「迷惑…かけ…ちゃうし…それに…みっとも…ないし…負けたような…気がする…」 電話越しの娘は、子供のようにしゃくりあげていて、言葉がうまく聞き取れません。 「面倒な事は考えなくていい。実家の母が倒れました。だから、帰ります。それでいいでしょ」 「…そんなの、嘘じゃん…」 「嘘ついても、ずるしても、帰ってきてほしいって言ってるの。全てを母のせいにしなさい」 意地っ張りな娘が、ようやく頷いてくれました。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加