あるいはあの枝から

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翌日、店を閉めた後、娘は近所のドラックストアで買ってきた白髪染めで、私の髪を黒くしてくれました。 「若返ったんじゃない?」 黒々とした私の髪の毛を触りながら、娘は誇らしげに微笑みます。 「あら、そう?」 「これでモテモテだね」 「再婚とか出来ちゃう?」 「できる、できる」 なんて、冗談を言いながら、笑いあいました。 「娘に白髪染めしてもらえるなんて幸せだよ」 「こんなことくらい」 「イズミも、なんでもひとりでやろうとするんじゃないよ」 「え…」 「私だって、重たい酒瓶持てないのに、酒屋の店主できてるのは、みんなの助けがあるからなんだよ」 娘は、何も答えませんでした。 次の日は、お店の定休日でしたので、娘とふたりで買い物に出かけました。 ひとりだとなかなか入れない、おしゃれなイタリアンでランチをしたり。 白髪を染めて若返ったからと、新しい洋服を買いに行ったり。 娘がずっと観たかったらしい映画を、一緒に見たり。 そのまた次の日は、娘は酒屋の仕事を手伝ってくれました。 子供のころから慣れ親しんでいたので、お酒にも詳しいイズミは、お客様の質問にも、的確に答えていました。 やつれていた娘の表情が、徐々に明るくなりはじめていました。 うつろだった目にも、光が見え始めました。 もう、大丈夫。 一週間経った頃には、それくらい回復していました。
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