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アパートに戻り、ドアを開けると、カーテンを開けたままのリビングの窓から、圧倒的な光が押し寄せていた。
ソファ、テーブル、椅子…全てが、夕焼けに浸っている。
太陽が、街の向こう側に引きずり込まれている。
夜の手が、太陽の足を引っ張っているのだ。
まだ、昼間の空で遊びたいのにと、橙色と黄金色の声。
その響きが、街中に張り巡らされた、電線をぶるぶる震わせていた。
私は、キッチンからグラスを持ってきて、窓の傍に腰を下ろした。
新幹線で飲み残したミネラルウォーターをバッグから取り出す。
そして、溢れそうなぐらいギリギリまで、グラスに注いだ。
グラスの淵からこぼれそうな水の上に、拾ったクジラのマスコットを浮かばせてみた。
溢れそうなグラスの水は、クジラの涙。
こんなに、いっぱい泣いちゃったんだね。
そうだね、僕、泣き虫だからね。
クジラは、水の表面でゆらゆら体を揺らしながら答えた。
部屋一杯を浸す夕焼けは、私が持っているグラスさえも飲み込んでいく。
透明だったミネラルウォーターは、夕焼けの光でかきまわされていた。
クジラは、それでも、ぷかぷかと浮かんでいた。
もう、泣き虫の顔をしていなかった。
安心した私は、クジラを取り出して、床にことりと置く。
頭を撫でて。うん。
指先で、優しく撫でてあげる。
それから、グラスいっぱいに溢れそうな、クジラの涙を飲みほした。
答えなどない。
ただ見つけるだけ。
飲み干した夕焼けの底から。
あるいは、街の細かい路地にまで染み込んでいく夕焼けの光から。
あるいは、その光の水たまりに足を浸した猫の鳴き声から。
あるいは、猫の鳴き声に気付いて顔をあげた冬の終わりから。
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