あるいはあの枝から

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再びアパートに戻ったのは夜中だった。 クレームが発生したので、お客様に丁重に謝罪をし、今後の対応を書面にして引き継ぎ、それから、本社に提出する報告書を作成。 全てが終わって、終電に乗り込んだ時、そういえば、夕食を食べ損ねていたことに気付いた。 アパートに戻る前にコンビニで弁当を購入して帰った。 それを部屋の電子レンジであたためる。 マイクロ波を照射して、極性をもつ水分子を繋ぐ振動子に直接エネルギーを与え、分子を振動・回転させて温度を… とりあえず、あたたかいご飯を食べられるなら、どうでもいい事。 電子レンジから軽快な電子音が響く。 静かな静かな、この空間では、その音さえも愛おしく思える事がある。 あたたまった弁当を取り出して、テーブルでひとりいただく。 割り箸を割る音、白米をつまみあげる音、それを咀嚼する音、ここでは、普段は気にも留めない音が、大きな存在感を持っている。 壁にかかった時計を見る。 シャワーを浴びて、それから、あと何時間眠れるだろう。 最低でも4時間は眠りたいから、ゆっくり食べている暇はなかった。 食べ終わって、空の弁当箱をごみ箱に捨て、シャワーを浴びて、急いでベッドに潜り込む。 本当は、寝る前に、お気に入りの音楽を聴き、お気に入りの本を開いて、ゆっくりと眠りにつきたい。 今は、どんなアクセサリーより、バッグより、靴より、欲しくて仕方ないものだ。 帰ろうよ。 また声が聞こえる。 ベッドの下から。 あるいは、夜空の画用紙にいくつも突き刺した画鋲のような星々から。 あるいは、カーテンの隙間から覗く月のクレーターの湖から。 あるいは、月に寄り添い明日の光を蓄えた金星から。
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