あるいはあの枝から

6/15
前へ
/15ページ
次へ
「あつ…!」 あまりの熱さに、慌てて手を離すと、マグカップは、くるりと一回転して床へ。 あたりにスープが飛び散った。 落ちつけ、落ちつけ。 まずは、手を冷やそう。 火傷してしまったら、仕事に支障が出てしまう。 私は、水道の蛇口を開けて、冷たい水の中に手を入れた。 帰ろうよ。 蛇口から溢れだす、透明な水道水の奥から聞こえた。 あるいは、キッチンの窓から侵入してくる正しい朝の光から。 あるいは、朝焼けシロップに羽根を濡らした小鳥たちのおしゃべりから。 あるいは、寂しがり屋の電信柱が身にまとう朝日のマフラーから。 帰りたい、でも、帰れないの。 私は、ここで、戦うって決めたの。 戦う、って、いったい、なに、に。 マグカップのギリギリまで注がれた熱湯。 それは、それは、それは… ぶちまけられた、無残な床のスープを見る。 これは、私だ。 私、だ。 目の前がぼやける。 どうして、ぼやけるのか、理由がわからなかった。 だけど、やがて、自分の目から落ちてきた熱いモノが、涙だと気づいた。 泣いてるんだ。 帰ろうよ。 やっぱり、声が聞こえる。 私の肩を誰かが、優しく掴んでる。 その時、携帯の着信音が鳴った。 画面を見て、思わず声が漏れた。 「…うそ」 母からだった。
/15ページ

最初のコメントを投稿しよう!

22人が本棚に入れています
本棚に追加