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「…もしもし」
その電話に出る。
「もしもしー。イズミー。元気ー?」
能天気な母の声が聞こえてくる。
「…こんな時間になに」
嬉しいのに、つい、無愛想に答えてしまう。
「あ、そうか、これから、仕事だね」
「そうだよ。お母さんと話してる暇ないの」
「あはは、そうだったね。なんか急に、声が聞きたくなっちゃって」
どうして、この、タイミングで。
新幹線で3時間もかかるほど、遠く離れた土地に住む母。
私が今、何をしてるかなんて、わかるはずもないのに。
「…そう」
再び、涙が溢れてきてしまう。
「…もしかして、泣いてるの?」
声を詰まらせた私の様子に母が気づく。
「…泣いてないよ」
強がってみせる。
「…あ、そう。なら、いいけど。この前、お隣の佐藤さんからね、美味しい林檎をたくさんいただいたから、イズミのところにも送ろうかと思ってね」
「…だから、そんな話してる暇ないって…今日は…早めに…仕事に行か…行かな…い…と」
言い返して、また、涙がこぼれてしまう。
もう、嗚咽まで出てきてしまった。
「…帰ってきなさい」
落ち着いた口調の母の声が、耳に届いた。
私は、その一筋の光のような母の声を、手を伸ばして掴んでいた。
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