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散らないさくら
――ハルトのなかで、さくらはいつまでも散ってはくれない。俺はそれを尊く思いながらも、どこかで蔑んでもいたのだ。
さくらとハルトは俺の幼なじみだ。
ハルトがもうすぐ十四歳になるという、中二を目前に控えた春休みのことだった。春がそこらじゅうにばら撒かれた暖かな日、俺たちは公園にやってきていた。
午後の日差しを浴びながらさくらはギターを鳴らしていた。柔らかな色のロングTシャツに色の抜けたジーンズを穿いたさくらはショートボブの金髪を振り乱し、黒のストラトキャスターを弾き散らす。そこに整ったものはなにもなく、旋律はかけらもない。
ときおり盗み見る表情はひたすら苦痛に耐えているようで、食いしばった口もとから八重歯が見えた。染めた眉毛の間には似合わぬ皺が浮いている。アンプが吐き出すディストーションの音色を全身で表現しているかのようだった。
細っこい指じゃコードも押さえきれないで音が安定しない。がむしゃらに鳴らすだけ鳴らすと電源が切れたように地面に寝転んだ。俺とハルトも演奏の真似事をやめた。
もっとも俺のムスタングベースとハルトのレスポールは借り物だったから各自、真っ当に弾いていた。さくらが家にあったからと押しつけて半年が経っていた。
この半年間、俺とさくらはハルトの上達に目を剥いていた。
俺はハルトが世界に溢れる主人公のひとりなのだと確信した。両目に宿る光からして俺とは違う。ハルトの目に宿るは舞台上で千人の観客を魅了する看板俳優を照らすライトの光だ。俺に目に宿るは公衆電話のボックスの照明めいた光だった。うらぶれている。
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