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心臓に悪いことは続くもので、湯川先生の休みが取れ、翔吾くんの予定も空いていたのは、湯川先生から求婚された翌週の土曜日だった。
八月の最終土曜日ということもあり、家族連れの姿が多く見られる中、湯川先生に指定されたホテルへ向かう。時刻は十一時ちょっと過ぎ。ランチだ。
ホテルの中にある日本料理のお店へ行き、湯川先生の名前を告げて案内されるままに個室へたどり着くと、待っていたのは翔吾くんだった。
「久しぶり、あかり」
「久しぶり。翔吾くん、また焼けたねぇ」
席は三席。四人がけテーブルを二対一で使う形でお箸がセットされている。翔吾くんは一のほうに座っている。
日焼けした翔吾くんの正面に座る。少し緊張しているのか、顔は強張ったまま。かしこまっているように見えるのは、スーツのせいでもあるだろうか。
結局、翔吾くんの合宿後にすぐ会うことはできなくて、今、久しぶりに顔を合わせたところだ。
「翔吾くん、スーツ似合うね」
「ありがと」
「緊張してる?」
「まぁ、こういう場は初めてだし、ね」
私は、掘りごたつ式の個室は何だか落ち着くんだけどなぁ。ホテルの中なのに料亭みたい。昔の職場だった料亭に雰囲気が似ているからなのかもしれない。
「手、繋ぐ?」
「う……そこまで緊張してないし」
「そう?」
「嘘。吐きそうなくらい緊張してる」
くしゃりと笑った顔がかわいい。ようやくいつもの翔吾くんに戻ったみたいだ。
黒いテーブルの上に手のひらを上に向けて置くと、翔吾くんが遠慮がちに手を重ねてくる。手汗びっしょりの、熱い手のひら。だいぶ緊張しているみたい。きゅっと握ってあげる。
「そんなに緊張しなくてもいいのに。いい人だよ、湯川先生」
「あかりはどうせ俺のことも『いい人』だって言ったんでしょ?」
「……二人ともいい人で間違いはないもん」
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