日ノ本ノ頂(ひのもとのいただき)

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日ノ本ノ頂(ひのもとのいただき)

真っ白な雪が降り積もる富士山の頂上を、満月の明かりが照らしている。 荘厳な雲海を見下ろす剣ヶ峯のあたりに、発光する物体がある。着物の生地を思わせる模様の入った、ふわふわとした長い布の塊だ。 ごうごうと吹き荒れる山頂の強風のなか、それは不思議と同じ位置から飛ばされずにそこにいる。 布を注意深く観察すると、細い帯状の布が波打つようにゆらめくなかに、つややかな漆黒の髪がイソギンチャクのように漂い、その中心に、どことなく魚を思わせる女性の顔が見え隠れしている。 「繰り返す。何度も、何度も……」 女性が薄く目を開けると、風の音がぴたりと止み、笛の音のような呟きが木霊する。 「倒れても倒れても、再び蘇り、また繰り返す……………」 噴火口の中心から、細い煙がいくつも立ち上がっている。女性は中空に浮かんだまま、煙に囲まれた中心へと静かに進んでいく。 「いくさが起きるのは次の夏。武械(むかい)は拵(こしらえ)たが……」 煙の出る全ての根元の地面が小さな崩壊を始め、その揺らぎはみるみる広大なお鉢の底全体へと広がっていく。 「相応しい魂がおらぬ。このままでは……」 揺れの中心から崩落が始まり、ぐつぐつと煮えたぎるマグマが、今にも噴出せんと圧力を溜めに溜めているなか、鎧武者を思わせる巨大な顔が溶岩の中から這い出ようとしている。 「雑霊が入ったか。まだおとなしくしておれ……」 女性はその周囲で回転する布をみるみる清流に変化させて水の塊になり、月を見上げて舞い上がるや、シラウオのような滑らかな曲線を描いて、煮えたぎるマグマへと飛び込んでいった。 先ほどまでの噴火の予兆が、嘘のように静まり返っていく。 それだけのことが起こったにも関わらず、富士山の各所に設置された気象庁の監視カメラにも地震観測計にも、ごく微弱な揺らぎしか記録されなかった。
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