第1章 旅立ち

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風の吹く谷  天を突き刺すかのように無数にそびえる岩。 それを縫うように優雅に泳いでいく巨大な魚たち。  瑠璃色の瞳、サファイアの鱗、美しいドレープを描く長い尾びれ。 浮遊魚と呼ばれるその美しい魚たちは、ゆっくり優雅に音もなく泳いでいく。 聞こえるのは谷を吹きすぎていく風の音のみ。  美しすぎるその景色に、言葉もなく見入るしかなかった。  念願の一六歳になった。一六は成人の歳であり、何をするのも本人の意思として認められる。 ただしその責任は当然のごとく本人が負う。  一六になったら浮遊魚を捕まえに行く、と小さい頃から宣言をしていた。 もちろん今でもその気持ちに変わりはない。けれど、 「すぐ帰ってくるから」  と、言って姿を消して以来一○年過ぎても父が帰ってこないので、 自分が家を空けると母一人となってしまう。  もちろん父のように何年も家を空けるつもりはないが、 農園の仕事を母一人に任せるのもやはり心配。それでどうしたものかと悩んでいた。  ところが、 「いつ出発するの?」  と、母が尋ねてきた。
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