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「皆さんおはようございます。数井の母、数井扇(おうぎ)です。京都の旅、心が華やぎますね。あの、暑い時は言ってくださいね。若い子にも似合う扇子もたくさん持ってきたので」
母は人に扇子を薦めるのが一番の趣味だ。続いて、円花も行儀よく頭を下げた。
「いつもお兄ちゃんにお世話になってます! 数井円花です」
変な言い方にみんなクスッと笑ったが、確かにその言葉通り、僕は円花の世話を相当している。円花は生まれつき極度なドジで、触れるものみな破壊する……だけに留まらず、行くところみな迷い込む、というまったく信じがたい異能を持った妹だ。なので、円花も京都に来たがった時、僕は恐れをなして諦めさせようとしたのだが、今回は母が来ることになって、僕の肩の荷は軽くなった。そんな心配も知らず、円花はにこにことふみちゃんに抱きつき、はしゃいでいる。円花は髪の上を苗木みたいに束ねて二つ玉のついたヘアゴムで留めていて、ふみちゃんは「可愛い可愛い」とちょんちょん撫でていた。そんな合宿の始まり。あと一応言っておくと、そんなに大事なことでもないが、母も眼鏡で、妹の円花も眼鏡である。
「あの……数井センパイ、お母さんは物静かな方なんですね。品のいい扇子を持ってずっと私たちのほうに微笑んでますね」
新幹線の中でふみちゃんが隣りの僕に話しかけてきた。三人掛け席を相向かいに動かして、窓側からふみちゃん、僕、円花の順で座り、反対に窓側から銀河さん、世界さん、英淋さんが座っている。そして、通路を挟んで円花の向かいに扇子を口元に添えた母がいる。
「……いや、あれは、円花がふらふらっとどこかへ行かないように見張ってるんだ」
すると、それを聞いて隣りの張本人が言い返してきた。
「お兄ちゃん、円花はずっとお兄ちゃんと一緒にいるよ? どこへも行かないよ?」
「お前、この前、動物園の爬虫類館で一時間さまよってたのに、どの口が言うんだ……」
「だって、あのときは変なドアが開いちゃったんだもん」
「あれは関係者入口だ。『関係者以外立入禁止』って書いてあっただろ……」
「円花、難しい漢字、お兄ちゃんがいないと読めないもん」
とまあ、こんな調子だ。新幹線を下りたら本当なら首に縄をかけて観光したいところだが、児童虐待に見えても困るので、円花は母に託し、僕はみんなと楽しもうと思う。
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