花のまぎれに立ちとまるべく

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自らの分身である斎宮が戻って来るのは不幸のときだけ。 だから、『帰って来ようと思うな』の意である。 しんとした静けさの後、斎宮が恭しく頭を下げた。 これから伊勢へ終わりのない旅が始まる。 私は無意識に貴女を追いかけた。 御輿に乗る寸前、貴女を呼ぶ。 「何をするっ!」 騒ぎ出す警護の者達を貴女は穏やかに制する。 追いかけてきたはいいが、何も言うあてのない私は、ただただ貴女を見つめるばかり。 さわさわ。 少しばかり冷たい秋風が木の葉を揺らす。 貴女は幾重にも重ねた袿の懐から、一本の扇を取り出した。 かたかたと少し疲れた音を出して扇を開く。 ふわふわ。 秋風にのり、色褪せたさくら花が私の元へと届く。 山かぜに さくら吹きまき みだれなむ  花のまぎれに 立ちとまるべく 三年前───あのときの和歌。 するすると私の頬を涙が伝った。 本当に自分は情けない……。 しかし、心から溢れ出すものはとどまらない。 貴女は、そんな私にゆっくりと近づくと優しく頬を撫でた。 「……さようなら…‥」 語尾がわずかに震える貴女の声。 それでも、貴女が纏う神気は乱れることがなかった。 私は風に流れる紅葉を一枚、貴女の扇にのせる。 貴女はそのまま扇を閉じた。 群行を告げる鐘が鳴る。 私は御輿が見えなくなるまで見つめていた。     
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