花のまぎれに立ちとまるべく

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ゆっくりとした早さで御輿が動き出した。 その振動が中のわたくしに伝わる。 あの方は、ずっとわたくしを見つめてくださっているのでしょうか…。 小さく揺れる御輿に、肩から髪がこぼれ落ちる。 斎宮は懐から再び扇を取り出した。 かたかた…。例の音をたてて開く。 色鮮やかな紅葉と、色褪せたさくら花。 指先で扇の筆跡に触れた。 「山かぜに…さくら‥吹きまき……みだれなむ…‥花のまぎれに…立ち…とまる……べく‥」 ぽたぽた。 涙が溢れ、あの方の筆跡がさらに滲む。 想いは、あの方と同じ‥‥。 だけど、口にしてはいけない想いだったから。 斎宮は指先で頬を拭った。 わたくしは…お慕いできる方に出会えただけで……。 わたくしを愛してくださる方に出会えただけで充分です。 わたくしは遠いかの地で、御世と貴方の平穏を祈りましょう‥‥。 斎宮の瞳に、もう迷いや悩みの色はない。 穏やかに続く明日を映し出していた。
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