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少し紅色の濃い花色は、闇の中では浮かび上がると言うよりも沈み込んでいく錯覚を覚え眩惑を感じる。
絵になる女性だ。
「私、こちらの花色の方が好きなのですよね。染井吉野は夜には朧に光っている様に見えて、何だか怖くて」
「そちらはもう散ってしまって、殆どが葉桜となりましたね」
それから目の前でたゆたう水面に視線を移す。
散り落ちた染井吉野の花弁が、名残惜しそうに浮かんで揺れている。
「ああしたものにも風情を感じますよね」
「風情だなんて」
僕が息子の様に若いからか、可笑しそうにその女性は笑った。
「桜は不思議な花だと思います。特に染井吉野は」
公園の奥まった場所にあるここを訪ねる人は他になく、僕等は恋人同士が語る様に囁き合う。
「知っていますか? 染井吉野は開花宣言があってから、毎日の最高気温を足していって、百二十五度になる頃に満開となるそうです」
「そうなのですか。植物とは不思議ですね、どこで温度を計っているのでしょう」
「満開と呼ぶのも、本当は八分咲きの事だそうですね」
「あら、全てが花開いた頃をそう言うんじゃありませんの」
僕の饒舌に、その人は目を丸くする。
「一番綺麗な頃を満開と呼ぶそうです。九分を超えると散り始めるものも出てきますから」
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