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「ああ、それで」
ふと黙り、暖かさを増した夜気の流れの中で夜桜を見上げ、水面の花弁を眺める。
同じ様に見えて違う桜。
一方は恐ろしく人に愛される。けれど枝垂れ桜は染井吉野に比べて印象は薄く、ともすれば存在そのものを染井吉野の印象に奪われてしまう。
散ってしまえば、同じ様に次の春まで忘れ去られていても。
「しかし、暖かくなりましたね」
「はい。こちらの方が好きな理由に、染井吉野より暖かくなってから咲くからと言うのもあります」
「時に春先は底冷えしますからね」
「はい」
再びの静寂。
まどろみを誘う暖かな夜気。
そこに時折混じる、早春の雪解け水の如き清冽な冷たさ。
小さく女性の肩が震え、そっと羽織るショールを掻き抱く。
人の喧騒からも、明かりからも離れた場所。
目の前の池の水面は、紅に染まる姿を映す事もなく暗く揺れて。
どこからか運ばれて来た薄紅の花弁を浮かべる。
ゆらゆらと。
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