4人が本棚に入れています
本棚に追加
/9ページ
不意に二人の声が重なった。
びっくりした顔で互いを見て、ぷっと吹き出してしまう。
「風流な言葉を知っていますね。お若い方なのに」
「父に教えて貰ったのです」
「私は、恋人に。別れてしまいましたが」
口元を押さえ、茶目っ気のある目付きで僕を見る。
若い頃は、さぞかし人気のある人だったのだろうと容易に想像が付く。
「それに桜には、面白い器官が有るのですよ。これは父も知らなかったと思います」
「器官?」
首を傾げ、目の前の枝垂れ桜にそれを探そうと視線を彷徨わせる様子は、クイズの回答を探す子供の様だ。
「残念です。私には分かりません。答えを教えて下さいな、先生」
やがて、艶やかな年齢を忘れさせる笑みを見せ、教えを乞う。
「葉桜じゃなきゃ分かりませんよ。花外蜜腺と言うのですが、葉っぱの付け根に小さな豆みたいな器官が有りましてね、そこから蜜を分泌するのです。ですから桜は、花が散り落ちても蟻等の虫を誘います。妖しいでしょう。人は花が散れば忘れ去りますがね」
「そう、なのですか」
見上げて来る目元に有る泣きボクロが、可愛らしい印象のある顔の中で不思議と色香を醸し出していた。
「ええ。事件が身近に起きても、時が経てば忘れるのと一緒です」
最初のコメントを投稿しよう!