花筏は夜の静寂に……

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不意に二人の声が重なった。 びっくりした顔で互いを見て、ぷっと吹き出してしまう。 「風流な言葉を知っていますね。お若い方なのに」 「父に教えて貰ったのです」 「私は、恋人に。別れてしまいましたが」 口元を押さえ、茶目っ気のある目付きで僕を見る。 若い頃は、さぞかし人気のある人だったのだろうと容易に想像が付く。 「それに桜には、面白い器官が有るのですよ。これは父も知らなかったと思います」 「器官?」 首を傾げ、目の前の枝垂れ桜にそれを探そうと視線を彷徨わせる様子は、クイズの回答を探す子供の様だ。 「残念です。私には分かりません。答えを教えて下さいな、先生」 やがて、艶やかな年齢を忘れさせる笑みを見せ、教えを乞う。 「葉桜じゃなきゃ分かりませんよ。花外蜜腺と言うのですが、葉っぱの付け根に小さな豆みたいな器官が有りましてね、そこから蜜を分泌するのです。ですから桜は、花が散り落ちても蟻等の虫を誘います。妖しいでしょう。人は花が散れば忘れ去りますがね」 「そう、なのですか」 見上げて来る目元に有る泣きボクロが、可愛らしい印象のある顔の中で不思議と色香を醸し出していた。 「ええ。事件が身近に起きても、時が経てば忘れるのと一緒です」
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