花筏は夜の静寂に……

そっと手を伸ばし、緊張に震える指先で彼女の目元に触れてみる。

逃げもしないで僕を見ている女性。

何の悪戯かと、愛おしげに我が子を見ている様な眼差し。

乾いた手触りの肌は、暖かくなったとは言え、夜気に冷えて温もりは感じさせない。

するりと頬を撫で下ろし、白い項を柔らかに包む。

もう一方の手も添えて。

「逃げないのですね」

答えはなく、艶めかしい微笑みが浮かぶ。

グッと両手に力を込めた瞬間、風が彼女の肩に掛かるショールを奪い去った。

枝垂れ桜の枝先を強く揺らし。

「貴女が、僕の父を誘惑した」

彼女が初めに挨拶した様に囁く。

「母は嫉妬に狂い、父を殺しました。僕は親戚中をたらい回しにされ、ずっと人殺しの子と言われ続けました。……貴女の所為です。僕は貴女の所為で、普通に生きられなかったのです」

吐露し続ける呪詛の言葉と共に、丁寧に丁寧に喉を包む手に力を込めて行く。

憎しみと言う、降り積もった想いを注ぎ。

細い体を桜の幹に押し付け、首へと掛ける力を更に強くする。

折れよと力を加え、最後の怨嗟の言葉を解き放つ。