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親に向かって、後々響く嘘を吐くのは抵抗はあるが、もうなるようになれだ。自分で蒔いた種は、自分で回収すれば済む話だ。
母さんは俺をじっと見つめていたが、やがてふっと溜め息を吐いた。
「何を言っても、行く気なのは最初から分かってたわ。いいわ、行ってらっしゃい」
「よしっ!」
「その代わり、ちゃんと勉強もするのよ」
「分かってるって」
本当に自分の声なのか疑いたくなるほどに、喜びに満ちた声が出た。一人きりだったなら、狂喜乱舞していただろうことは間違いない。
顔がにやけるのが止まらず、抑えるのもめんどうなので、そのまま承諾のメールを送る。返事は一分とたたずきた。
『よろしく頼む』
今日これから、すぐに。スマートフォンの時刻は八時二十分を示している。
洗顔、朝飯、歯磨きなどをして着替えたら九時頃には家を出れる。そっから電車で二十分ほど、歩いて五分程度だから、半過ぎには到着できそうだ。
頭の中で予定を組み立て、その通りになるよう早速行動に移す。
「じゃ、母さんもう行くから」
「ん、行ってらっしゃい」
俺が降りてきてから、五分と経っていない。なるほど、許可してくれたのは、これが理由か。
母さんには時間がなかった。あのまま押し問答をしていても、俺は折れないので、母さんも折れなければ遅刻するだけだ。
小学校ももう冬休みに突入しているが、教師は生徒がいなくても、学校には用事がある。部活の顧問をしていたら、休みなんてほとんどないに等しいだろう。
仕事に追われている母さんだけど、それは俺達のためだと、俺は知っている。
父さんが死んで、母さんが一人で俺達を育てなくてはならないから。大学を卒業するまでは子供なんだから甘えなさい、と一人暮らしもバイトも認めてくれない。
だから、辰也さんの店で働けることは、ある意味奇跡に近いのだ。夏休みだけの長期期間だけだった奇跡が、冬休みに起きたのだ。
思うだけで嬉しくて、緩む頬がどうしても止まらない。
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