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「冷静じゃなくて関心がないだけ」
「持とうよ。人が一人亡くなっちゃうかも知れないんだよ?」
「かもじゃなくて確実じゃない?ベランダか屋上か、少なくとも六階より上から落ちたっぽいし」
目測で数えて六階のベランダの女性が、下を上を不安げに見つめていた。
つまり、落ちる人影を目撃してしまった人──その上から落ちたということ。
「七階より上から落ちて、下は芝生っぽかったけど、野次馬からは離れててもどこか諦めの雰囲気が漂ってたし。頭から落ちたのかもね」
そうじゃなくても、下が芝生でも、良くて大怪我、悪くて重傷重体、最悪死。
野次馬の雰囲気は、最後のを如実に物語っていた。それを思わせるほど、残酷な状況だったということだ。
──ちょっと待てよ。
「頭から落ちたのなら……」
血が。頭部が破裂して、辺り一面をが、血の海に染まるんじゃないか?野次馬はそれを見て諦めを。
日奈子もそれを見て、暗く沈んで。
「……行くからだよ」
「……」
「行くから、憔悴するんだ」
厳しいようだが、心を鬼にしないと、彼女を立ち直らせない。自業自得だけど、俺にはそれを心から否定できない。
だから言葉で。なるべく早く記憶から消去するように、微細な手助けしかできない。
「無関係な人なんだから、心を痛める必要はないと思うよ」
それが普通の人間の、普通の感性。見ず知らずの人のために心を痛めてたら、身が持たない。
この国では毎日誰かが亡くなっているし、世界では戦争だって起こってる。
他人の死を悼まないのは、無慈悲などでは決してなく、数が多いから。だから無関係な人だと割り切ることでしか、心を保つ方法がない。感性が豊かでも、それはそれと割り切らないと生きていけない。
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