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「そう、なんだけどね……」 なのに日奈子は、まだ苦痛を胸に置いている。どうやら俺には、彼女のわだかまりを消滅させることはできないらしい。 力不足を実感し、それが胸の中を徘徊するのを痛感する。 「運ばれた人、男の子なんだよ。私達と同じくらいの」 「……」 ああ、そうか。だから、余計にか。同年代だと、無関係だと割り切るのは難しい。 もし自分が、と無意識に考えてしまうから。だけど、それでもやはり、俺は慰めの言葉を持ち合わせていない。 「それに、どこかで見たような気もするの」 「顔、見たの」 「うん。血まみれでよくは分かんなかったけど」 「ごめん」 忘れさせたいのに、思い出させてどうする。浅薄な疑問を口にしてしまった自分を消し去りたいほど、自己嫌悪に襲われる。 溺れそうになる寸前、引き上げてくれたのは、「でもね」と気丈に続く言葉だった。 「目元とか口元は比較的まだ無事だった方で、直視はしてないし一瞬だったけど、見たことあるような顔だった」 「同年代の男子……高校の同級生とか?」 忘れさせるには、疑問を解決するしか手立てはない。そう思い口にした、真っ先に思い付く可能性に、日奈子は「ああ」と頷いた。 「そうかも。でも誰かは分かんないなぁ。廊下ですれ違っただけなのかも」 「……」 マンションからの飛び下り。十代。この二つが結び付く事柄は、一つだけ知っている。 そしてその事柄を目にしている。イジメ。その被害に遭っていた男子生徒。 しかし、あの生徒だと、先程の飛び下りを結び付けるのは軽率だろう。日奈子からの伝聞で推測しただけで、その日奈子も曖昧さを抜けてない。 他人の空似ということも、十分にあり得る。
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