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家が近くだった、ということは知っていたが、知っていただけで正確な場所を知らないし、もちろん訪れたこともない。
それは彼女も同じはず、だった。泣き黒子が、ほんとに泣いているかのように、表情に光はない。
瞳がわずかに潤んでいて、周りには泣き腫らしたかのような跡。何かあった、だから助けを求めに来た、のは瞬時に理解したけれど、尋ねない訳にはいかない。
「どうしたの?」
わざわざ、ただのクラスメイトだった人物を訪問しに来たのだ、大きな事柄なのだろう。
それを知るためには、俺が歩み寄らなければいけない。自発的に話してくれそうにないほど、弱りきっていて、痛々しくすらあるのだから。味方だと、言葉でしっかり伝えないといけない。
うつむき、沈んでいた彼女の口が、おもむろに動く。弱々しい、声の調子で。
「弟のことで……」
「弟?」
俺の弟、なわけないな。彼女の弟……。
「もしかして、昨日の?」
「……」
認めたくないけど、認めざるを得ないから、うなずいた。そんな葛藤を感じさせるほどの、微かな、確かな首肯。
昨日、この近くのマンションで、飛び下りがあった。飛び下り、自殺。それを行ったのは十七歳の男子。
自殺だと断定されたのは、部屋に直筆の遺書が残されていたから。だけど警察の見解を批判する訳ではないが、遺書があったからといって決めつけるのは早計ではないか。
現場に不審な点があったと、近所の噂で知った。だから彼女は──信じられない気持ちもあるだろうが──俺の元を訪ねてきた。
「立ち話、で済む話じゃないね。上がって」
母さんがいなくて良かった。あれこれ詮索されるのは、彼女に申し訳ない。
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