遺書はお大事に

3/4
前へ
/194ページ
次へ
色めき立つ校内と、一日千秋な脳内。雲の上を歩いているかのような浮遊感に捕らわれていた俺は、だから、それを理解するのに数秒費やした。 第一校舎と、体育館の間に隔てられた、渡り廊下。その奥。木が乱立し、影が多く、学生が滅多に寄り付かないその場所に、人がいた。 廊下から死角になる位置に隠れているつもりだろうが、半身が現れている。校舎の壁を見つめている──訳ではないようだ。 目的は、その壁にいる人物。死角になっていて姿は見えないが、確実に誰かは居る。 学生が来ない場所で、校舎の壁に居る学生に目的がある。導き出せる結論は一つ。イジメ。 それも、人目に付かない場所なので、無視や嘲るといったような軽いものじゃない。金銭の要求や、罵倒。そして暴力だろう。 足を止め、半身だけ姿を現している男を見つめていた俺の耳に、風に乗って声が流れてくる。 低いドスの利いた声で、それは俺の予想を的中させるものだった。 「足りねぇじゃねぇか。五万持ってこいって言ったよな」 「……、……」 「うるせぇ!」 被害に遭っている奴が何か言ったらしい。俺の耳にまでそれは聞こえてこなかった。聞こえたのはその直後の、「うっ」という呻き声。それが続けざまに二回、三回……。 微かにしか聞こえないのは噛み殺しているからか、抵抗する気力すらないのか。おそらく両方だろう。 抵抗する気がないから、周りに気付かれないように、せめて痛みは食いしばり、耐える。日常的に行われているだろうことが想像できた。金銭の要求も、暴力も。 「明日はちゃんと持ってこいよ」 痛みつけることに満足したのか飽きたのか、ドスの利いた声で捨て台詞を吐いた。ということは、戻ってくる。
/194ページ

最初のコメントを投稿しよう!

47人が本棚に入れています
本棚に追加