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自分の意思とは言ってるが、多分に親の圧力は含まれてるはず。そうまでしなきゃ認められない教育方針に嫌悪が募るが、同時に気丈に振る舞える強さ、粘り強さに感嘆とする。
「あっ、だから勝手に点数落とさないでね?」
「断言できない」
「上にいるあっくんを追い越すのが目標なんだから──ん?」
「ん?」
足を止めた日奈子につられ、足が止まる。どうした、と尋ねる間でもなく、日奈子が見つめてる先に異変はあった。
十階建ての、どこにでもありそうなベージュっぽい外観のマンション。その出入り口近くに、救急車が停まっていた。
慌ただしく、かつ迅速に、救急隊員が動いている。マンションの住人か、ある一ヶ所に人だかり──野次馬の群れができていて、ベランダからも階下を不安そうに見つめている住人の姿が視認できる。
「何があったんだろ」
「さぁ」
当事者でも目撃者でもないんだから、知る機会がない。日奈子も明確な答えを求めていた訳ではなく、自然と口から出てしまった言葉なのだろう。
誰にでもあることだ。だけど、次の行動は予想外──いや、予想通りとでも言うべきか。
「持ってて」
と、俺に鞄を押し付け、駆け出した。声をかける暇もなく走り出した背中に、俺は言葉の代わりに呆れの溜め息を吐く。
野次馬根性をわざわざ発揮する人の気が知れない。自分とは無関係だと分かれば、早々にその場を去るべきだ。
止まる理由がないのに、渦中に首を突っ込む意味が理解できない。本来なら俺は、刹那ぐらいの時だけ立ち止まり、立ち去っていただろう。
けど今は腕の中に、日奈子の鞄がある。このまま帰って、後で自宅まで取りに来る、という手段はあるが、日奈子にそんな煩わしい真似を要求したくない。
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