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「ねえ、知ってる?」
彼女は、左手の薬指の小さな光を見てから、もう一度俺を見た。真っ赤になって、しどろもどろになって、プロポーズの言葉を口にしかねている俺に、彼女は笑う。
桜が満開の公園では、宴会の声が遠くで聞こえている。
――中学二年生になった春、俺は彼女と二人で花見をした。それから毎年、彼女とこの公園を歩く。
「まだ大事に持ってるよ」
彼女がバッグから取り出したのは、元は白かったと思われる封筒。色が少しくたびれてしまっているところに年月を感じる。
震えた汚い字で「中田涼子様へ」と書いてあった。
「なんだかね、懐かしくなって読んでたの。最後の手紙、持って来ちゃった」
予感があったのかな、と彼女は言った。
すごいな以心伝心だな、と思ってから、カッと顔が火を吹いた。体中から汗が吹き出した。
その手紙だけ俺は何故か、「中田涼子様へ」と書いた。いつもは「へ」を書かないのに。きっと他と区別したかったんだろう。だけど、気が小さい上に気が利かないものだから、そんな暗号みたいなことしか出来なかった。
十五年前の。
半年にわたる文通の末、ようやく書けた一言。その手紙。
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