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そのあと奈月は、持参した煎茶と桜もちで両親を懐柔した。
父の無愛想な態度にもめげず、にこにこと如才なく振る舞う。みちるの予想以上に、両親とこのケーキ屋は懇意にしているようだった。
「ところで汐野様。先ほど、お嬢様の婚約者の方と何かあったようですが……」
やや強引に本題に入る。
おいしいお茶と和菓子のおかげか、機嫌が少し直ったらしい父は、怒鳴らずに答えた。
「あの男は、……ひどい侮辱を吐いた」
「侮辱? どういうことなの、お父さん」
お茶をすすりながら、母が問い詰める。
「口にしたくもない!」
顔を背けて返答を拒絶する父に、みちるの疑問は深まる一方だった。
(ひどい侮辱なんて、カイルがするはずがない)
だが、父は何の理由もなしに激怒する人ではない。
頑固で理不尽だが、それでも、人としての心根は誰よりもまっすぐだ。
すると奈月が会崎のメモを開き、そこに書かれてある文面を読み上げる。
「汐野様の質問に、『She is like the pink』……と、答えたのではないですか?」
その英文の意味を、瞬時に理解できなかった。不明瞭な発音のせいだけではない。
父は忌々しげに、
「……違う!」
「では、『She is the pink』ですか。『みちるさんはピンクです』って」
頑なに背を向けていた父が、弾かれたように振り返った。
否定しない。肯定だった。
(どういうこと……?)
日本語が聞き取れないカイルに通訳をせがまれ、ひとまずそのまま英訳し、真偽を尋ねる。
「(そうだよ。確かにボクはそう言った)」
彼はあっさりと認めた。
ハテナマークが増えるばかりだ。ますます謎が深まる。
「ピンク? 桃色?」
母も分かりかねるらしい。説明を求めても、父は一向に応じない。
「えーと……その」
奈月が、心底言い難そうに代わりに説明した。
「……昔は成人向けの映画のことを、『ピンク映画』と言ったそうですね」
羞恥のためか、奈月の語尾が消えていく。
みちるの意識もフリーズした。
一見関係がなさそうな雑学が、謎を解く鍵となったーー。
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