さくらなでしこ

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 声のした方を省みると、父ーー汐野展洋(のぶひろ)と、婚約者ーーカイルが見えた。  父は痩せ細った腕を突き出し、カイルは地面に尻餅をついている。  父がカイルを突き飛ばしたのは、火を見るより明らかだった。 「カイル、お父さん、どうしたの?」  みちるはカイルの傍に駆け寄った。彫りの深い顔立ちが青く染まり、グリーンの瞳には困惑の色が浮かんでいる。  そして父は、真っ赤な顔で肩をいからせ、全身に憤りを漲らせていた。 (ーーやばい、マジギレだ)  娘の勘がそう断言する。遅れてやってきた母が、父に何があったのか訊く。  だが父は母を無視し、みちるとカイルを睥睨して、 「こんな無礼者とはもう話もしたくない! みちる、結婚は許さん!」 「はぁ!? 何それ!?」  頭ごなしに怒鳴られ、みちるはカッとなった。 「うるさい! つべこべ言うならお前は勘当じゃ!」  そう言い放つと、父は踵を返し、大股歩きで憤然と去っていった。取りつく島が無いどころか爆発して跡形も無い。  母が後を追いかけ、残された二人は呆然とした。  混乱を極める中、何が起こったのかカイルに尋ねても、彼は「I don't know」と返すばかりだった。  ……心無しか、気温が下がってきた。ような気がする。  何が何だか不明だが、まずい事態なのは確かだった。  とりあえずカイルを立ち上がらせる。彼のスーツは砂埃や泥でひどく汚れていた。  ティッシュを探していると、横から声がかかった。 「よかったらお使いください」  ケーキ屋の店員の少女、奈月だった。
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