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なりふりかまわず足を動かし、ようやく一息をついたのは、階段をのぼりきったその先のフロアで、人の話し声が聞こえたから。
建物の中にいた人たちは、浸水することを恐れ、上の階に避難していたのだろう。
スーツ姿の男女が数人、窓際に張りついて、外の様子を眺めていた。
「ヤベェな。マジかよこれ。ゲリラ豪雨? どうすんだよ」
一様に不安そうな表情を浮かべ、口々にそんなことを言いあっている。
私たちも慌てて駆け寄り、屋外を状況を確認してみる。
窓からのぞく景色は、一言でいえば地獄絵図。
すでに自分たちのいるビルの、三階部分より下は、どっぷりと水の中に浸かっていた。
さっき歩いていた道路は、氾濫中の河川と化し、屋根の上に人を乗せた車やバスが、次々と押し流されていく。
灰色の濁ったは水が、荒れ狂う龍のように激しく、電柱や標識、街路樹など、あたりにあるもの全てをなぎ倒し、のみこんで波打つ。
……ゴクリ。私は唾をのんだ。
さっきは一階付近までだった水位が、今はこんなにも上昇してる。
急激に、あっという間に、とんでもない早さで水かさが増しているということ。
「こ、このビルは何階建てですか? 最上階はどこ?」
隣で、蒼白な顔して外を眺めてる男性の腕をつかみ、聞いた。
「七階まで。その上は屋上だけど、さすがに、ここまで水はあがってこないだろ」
「危険です!できるだけ上へ逃げましょう」
男性の腕を揺さぶって訴えると、相手は首を振った。
「外は寒いから。どうせ水が引くのを待つだけなら、中にいたほうがいい」
「そうだね。さっきよりは、水の勢いがおさまってる。
降り方も弱くなってきてるから、心配しなくても、ここなら大丈夫。
ねぇこの動画、テレビ局に売れるかな?」
窓越しに、ずっとスマホをかざしている女性が言った。
それを見た男性が尋ねる。
「生きてるのか?そのスマホ」
「撮影機能だけだよ。ネットは無理。何度やっても通信エラーになる。
こんな時に使えない。いつ復旧するかな。友達が心配なんだよね」
「……………」
私は友人二人の手をとって、階段にむかっていた。
事態が良くなるなんて、どこにそんな保証があるの?楽観的すぎる。
こんな危機に直面してる状態で、そんな余裕、私にはない!
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