水龍

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中途半端な状態で傾いたまま、流され続けるビル。 既に足元まで水に浸かって。 迫りくる濁流が貯水槽にぶつかり、はじけ飛んだしぶきが目に降りかかる。 顔も体も泥まみれ。鼻をつく異臭。 本当に、死ぬかもしれない。 そう感じた瞬間、家族の顔を思い出した。 伝えたいことが、まだ、いっぱいあった。 せめて最後に抱きしめて〝ありがとう〟と。 今まで育ててもらった恩と、たくさんの思い出をくれた感謝を…… ああでも、このまま流されたら、遺体も回収されないかもしれない。 二度と会えないままだ。ごめんなさい。 隣で友人が泣いていた。私も涙が頬を伝う。 恐怖と寒さで震えが止まらない。 あたりを見回すと、さっきまで隣にいた警備員のおじさんの姿が消えていた。 流されたの?いつの間に? 愕然とした。 知らないうちに、気づかないうちに、すぐそばで人が死んだ……? ショックで言葉も出なくて、頭が真っ白になる。 こんな事態になるなんて、誰が想像しただろう。 今日、この場所にこんな雨が降るだなんて、こんな天災が起こるだなんて、考えている人などいなかった。 AIにも人工衛星にも、お天気レポーターにも予測不可能。 人は自然を超えられない。そのことを身をもって今、体感している。 生き延びることができたなら、世の中のみんなに、声をはりあげ訴えよう。 天変地異。その脅威の前に人間は無力。私たちは何一つとしてコントロールできはしない。
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