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次の快速列車が来る間
「佐藤、実家暮らしと言っていただろ?」
そう尋ねてくるのは中学生の時の同級生。
電車の中で出会ったはいいが、彼の名前を忘れてしまって、ただいま名前当てクイズの最中――違った、思い出し中である。
先ほど私が乗るつもりだった快速列車が過ぎて行って、今ホームにいるのは私と彼のみだ。
「うん。住まいは未だ親の臑をかじっております。中谷君は一人暮らしだよね?」
はっ。思わず断定してしまったけれど、彼女と同棲中かも。そうだ。彼の外見から考えれば女性には不自由していないだろう。
「違う」
あ。やっぱりそうだよね。
失言してしまったと居心地悪く椅子を座り直していると彼はさらに続けた。
「ああ、一人暮らししている」
「……は? どっちよ」
「どっちも何も、最初のは名前の否定だ。さっきからずっとそうして話しているだろ」
「や、ややこしいな!」
いや、わざとか! わざとでしょ!
「ははぁ。さては俺が――」
「そう言えばさ、西口君は家出してから何年目?」
私が彼の言葉を遮ると、彼は少し苦笑した。
「違う。っていうか、家出って何だよ。一人暮らしは大学を出てからだからもう五年か」
「へぇ。沼田君、何で家を出たの?」
「違う。自発的に出たと言うより父親に追い出された。自立できる社会人になったんだから出てけってな」
うわぁ。家に寄生している私としては耳が痛いわ。
苦笑いしている私に気付いたようだ。彼はフォローを入れてくれる。
「女の子の場合は状況が違うんじゃない? 女の子の一人暮らしなんてご両親からしたら心配だろうし」
い、意外と気遣いの人だ……。というか、女の子って、女の子って! 十数年言われてないぞー。
何だか頬が熱くなる。
「どうした?」
「何でもないよ、猫又君!」
「俺は妖怪か」
「じゃあ、野々村君。――ん? ののむら……。あ、野々村君だ!」
はっと閃いたよ今!
思い出したことがある。
「違う」
「あ、違う違う、そうじゃなくて。あなた、野々村君と仲良かったよね。野々村何とか君。ほら、学校一のモテ男だった彼」
「何でアイツの名前だけ覚えているんだよ」
不愉快そうに眉をひそめる彼。
そりゃあ、自分の名前は思い出せないのにってなるよね。ごめんね。
「だって学校の王子様だったじゃない。彼を知らない方がモグリよ」
「王子様ねぇ」
彼は少し皮肉気に笑った。
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