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 今日は貸し切りとなっていて、約束の時間である八時を回ると、階段の方からにぎやかな声が聞こえてきた。 「わあ! おいしそうな匂いがする!」 「もう腹減って死にそうー」  常連の向井は、ミュージック・ビデオの映像監督を経て映画監督になった人物で、この街をこよなく愛する著名人のひとりだ。  今回はショートフィルムの撮影の打ち上げに、相田の店を指名してくれた。 「いらっしゃいませ、向井様」  相田は深々と頭を下げ、一同を出迎えた。  すると目の前の向井がくっと息を飲んだのがわかる。男性なのにしばしば艶やかなどと表現される相田の笑顔を受けて、ねめつけるような目線に熱が加わったことに、げんなりしながらそっと視線をずらしたとき、向井の背後にいた男が視界に飛び込んできた。  長身の体躯に少し長めの黒髪。全体的にシャープな印象だが、目元はやや垂れ気味の甘い雰囲気で、そのギャップが魅力的だ。見覚えはありすぎるほどにある。  ぽかんと阿呆のように口を開けた相田の目の前で、相手も驚いた様子でこちらをみつめ、フリーズしている。 「…………和雅、さん? 俊介です」  ――――約五年ぶり、二度目の再会だった。
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