きっと僕らのその先は

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「それじゃあねー頼んだわよ」 「由紀・・!!」 「おい、待てっ」 由紀の背中を追おうと立ち上がろうとした志のは、自分にどれだけのアルコールが摂取されたかを覚えていなかった。 ちゃんと地に足付けていた筈なのに、床が抜けたのではと錯覚するほどに関節が体を支えられない感覚にガクンと視界が歪んだ。 咄嗟に明科が差し出した腕にもたれ掛る様に床への尻餅を避けた志のが店の出入り口を見返した時には由紀の姿はもうなく、扉をくぐった際にセンサーで鳴ったなんてことない軽快な音階が余韻を残していただけ。 「お前、相当飲んでんだからいきなり立ち上がったら危ないだろ」 「・・・もう、最悪」 「ったく、ほら水飲め。それ飲んだら俺達も・・禾几?」 大きめのグラスに氷と共に注がれた水。 何とか椅子に座り直した志のはそのグラスに手を伸ばすことなく、顔を隠す様に髪の毛を前に垂らした。 その姿に明科は呆れた声をひっくり返し、心配の念をもって志のの名を呼ぶ。 少し震えている肩を見てそっと手を伸ばしかけ、ゆっくり下した。 「・・今月いい事なんにもなかった」 「そうか、俺も災難だよ。お前の愚痴に付き合わされる日がくるなんてな」 「私の何が駄目・・、私の何が・・重いっていうの」 「さぁな」 顔の見えない志のはうわ言の様にぽつぽつ自分に対する不運をざっくりとした言葉で話し続ける。 明科もそれに対して悪態を付きつつ、最低限の相槌を交わした。割られた割りばしはまだ綺麗なまま、八の字にカウンターに転がっている。 まだ涙の一つも見えない志のの顔を確認しようともしない明科は黙ってそれが治まるのを酒の飲む動作で潰していた。 「ただ、好きだったってだけで・・嫌われちゃうの・・」 「なんの話だ」 「私が頑張ってたのも・・無理して笑ってたのも、無駄だったの」 「だーかーら、何の話・・」 途中から来た明科にとって分からない話の延長を聞かされ、やけくそに問い返した相槌。催促をした二回目の時、明科はその声の音量を一気に下げた。 それは、さっきまで見えなかった志のの顔が今度は真正面から視界に飛び込んだ驚きと、もう一つ。 「おま、何・・泣いて」 「あんただけで十分よ・・私を蔑む男なんて・・!!」 悔しそうに涙を流す志のの顔が頭を殴られた様な衝撃と共に脳裏に焼き付いたからだった。
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