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「死期を知らせる桜だぁ?」
頭を預けるようにして、桜の木をじっと見上げた。夜の暗がりの中でうごめく花びらはどこか異様で、俺は少しだけ不安な気持ちになった。まだかすかに残っていた常識ってやつを引っ張り出して、鼻で嗤って女の言葉を切り捨てる。
「ここで何をしているの?」
「見ればわかるだろ、花見だよ花見。さっきまで貸し切りだったんでね」
「お邪魔だった?」
「いいや、あんたみたいな美人なら大歓迎だ。わけのわかんないことさえ言わなきゃな」
女が近づいてくる。見れば見るほどいい女だ。濃紺の着物のそこかしこに花びらをまとい、寂し気な笑みで俺を見つめる。
「あなた、ホームレス?」
「スーツで戦う正義の企業戦士。だったはずだが、まさか自分の企業がブラックな悪の秘密結社だとは知らなかった、哀れな負け組さ」
「ようは無職と。それでこの桜が見えたのね」
女の視線を追うようにして、もう一度桜の花を見上げた。黄泉桜なんてものは生まれてこの方聞いたことがない。
「死ぬ人間にしか見えない桜ねぇ。じゃあ、俺もあんたも死ぬのか?」
「ええ。それも近いうちにね」
目を細めて笑うと、女は俺に手を差し伸べて「ちょうど良かった」と言った。
「私を埋葬してくれる人を探していたの。この桜の木の下で眠りたい。あなた、無職なら頼まれてくれないかしら。私と一緒に暮らして、私が死んだらこの木の下に私を埋めるバイト。どう?」
「おいおい」
「日給はそうね、三万円で」
俺の貯金を軽く一桁超えた額に、思わず腰を浮かした。至って真面目な顔で、とんでもないことを言う女である。
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