消えゆく恋は桜色

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 頭上に広がる淡いピンクを眺めながら、心が浮き立つのを感じた。  淡いピンクが一枚、目の前をひらひらと舞い落ちる。綺麗な春の色だ。そう思った。  今年も花見の季節がやって来た。花見なんてくだらない。そう思う人も多いかもしれないけれど、僕はこの季節が好きだ。なぜなら、彼女に会えるから。 「レイくん、久しぶり」  ベンチに座りながら桜の木を見上げて呆けていると、前方から声がかかる。約一年ぶりに会う霧島志乃(きりしましの)だった。黒いスーツを着ている。仕事帰りなのだろう。 「ひ、久しぶりです」  僕も同じように返事をするが、人と話すことすら久しぶりなので、ちゃんと発音できていたかどうか心配になる。 「お花見、今年も私が幹事だってさ」  そう言って、志乃は僕の隣に座る。セミロングの髪に、ピンクフレームのメガネがよく似合っていた。 「そうですか」  本当は嬉しかったけど、何も気の利いたことが言えず、僕はあいづちだけを返す。 「まったく、嫌になっちゃうよね。みんな花なんて見てないじゃん。花より団子とかいう言葉もあるけどさ、団子ならまだいいよ。アイツらは花より飲酒だよ。酔って歌って、そんなの居酒屋でやれっつうの。桜がかわいそうだと思わないのかね」  花見に関しての愚痴から始まり、本人たちがいないのをいいことに、上司や先輩の文句を吐き出し始める。彼女の罵詈雑言は、二十分ほど続いた。  きっと会社では、機転の良さと笑顔で上手く対応しているのだろう。  そんな裏表のある彼女に、僕は恋をしている。  嫌われ者の僕に話しかけてくれた。帰る家も寄り添う家族もない僕は、ただそれだけのことで救われたのだ。
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