プロローグ

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 十八歳の夏。あの鮮血を俺は忘れることはないだろう。  午前五時。港区西麻布にある、目的である家をとおりすぎ、次の十字路を右折し、十五階建ての瀟洒なマンションの向かいにあるコインパーキングのフェンス横にバイクを止めた。八月の早朝はまだ汗をかくほど熱気を帯びてはいない。だが、メットの中にある顔には汗が流れていた。  心臓がやけに騒がしく、モスキートンのような高音の金属音のような音が耳の奥で鳴っている。新聞配達も終えた時間はひとときの静寂さを保っている。ギアをニュートラルに切り替える。アイドリング音がリズムを奏でるように鳴る。250CCの小型バイクにまたがる靴底は地面を踏みしめているが、どこか浮足立つような不確かさだ。目を覆うバイザーを開け、外気を取り込み、浅い呼吸を繰り返した。右ポケットにしまった折り畳みナイフを確認する。ハンドルはにぎりやすい形状で、ポケットの中で何度かにぎり直せば、馴染んだ形を手の平は覚えていた。   遠くにある外苑西通りがかすかに目に映り、車やトラックが走り去っていくのが見える。だが、俺のいるこの通りは住宅街の路地で、まだ眠りから覚めていなかった。 「さすが真田のいうとおりだな……」  いまは後先を考えている余裕はない。ただ決められたことを完遂するのが先だ。心の中で再度言い聞かせる。バイザーを閉め、もう十分はかからないだろう時間を待った。
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