三章

5/5
59人が本棚に入れています
本棚に追加
/35ページ
 どうにも気負いすぎている。そう感じてフロアを出た。足は迷わず休憩室の自動販売機へ向かった。小銭を入れて、汁粉を買う。口に含むと、とろりとした甘さが舌を包み、小豆のざらつきを味わう。だらりと肩の力を抜き、天井を見上げ、ついでに口を開けると、欠伸がでた。馴染んだ甘さは昂った感情を脇に置いたようだ。さて、どうしたものかと改めて考えてみる。釣られると分かっていても、食いつかずにはおれない餌があればいいのだ。この件でいえば『身の安全』。だ。 「まあ……バクチと思うほうが、俺向きだわな」  勝ちに必要なものとして、被害者の信頼を得ることが必須だが、正攻法は俺向きではない。幸い情報はある。勘をころりと転がしてみた。どこを見るともなく、感覚が転がるさまを追っていく。考え込むこともなく、楽観するでもなく、次の一手が閃きを伴うまで、黙って待った。  デニムのポケットに突っ込んだ携帯を取り出し、簡素なメールを打った。 『このまま泥船に乗りますか? お話しがあれば、何時でも、ご連絡ください』  人は不安を抱くと、消耗していく。失いたくないものが大きいほど、それは比例する。そこを煽れば、必ず自己保身のために動く瞬間が生まれる。それは雑多に流される時間の中には生まれない。時を持て余し、自身と向き合う瞬間に生まれるものだ。いま被害者の頭の中は、不安と保身で千々乱れているだろう。素人なら粘れても今夜が関の山だ。俺たちが作った土台のうえで、畔上は勝負をする。被害たちと、己の尊厳をかけて。負けは許されない。おおきく息を吐き「ま、こんなもんだろ」と呟いて、残りの汁を飲み干した。
/35ページ

最初のコメントを投稿しよう!