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玄関に入ると、どちらが先かも分からないほど、二人とも貪るように唇を重ねた。
二人の息遣いに混じり、バッグやコートが落ちる音が廊下に響く。
舌を絡めて深く応えてくる彼女に我を忘れかけた時、俺の脳裏にあの言葉が甦った。
“キスして、怜…”
彼を求める唇の涙の味。
苦い記憶に胸を突かれた気がして、思わず唇を放した。
今も、彼女が求めているのは彼。
俺は偽者だ。
…それでいいんじゃないのか?
今回は彼女も承知の上。
俺だって最初から心は望んでいない。
心の奥底で軋む鈍い痛みから逃げるように首筋にキスを移すと、彼女は甘い吐息を漏らして仰け反った。
だけど彼女の指は俺を押し止めるかのようにシャツを固く握り締めている。
あの男じゃないから後悔しているのか?
キスをやめて彼女を壁に押しつける。
「……何を考えてるんですか?」
「……何も」
でも猫のような瞳は本心を閉ざして、俺を奈落に誘い込んでくる。
俺が自由にできるのは身体だけ。
最初から分かっていたはずだ。
そう言い聞かせながら、その身体をベッドに押し倒した。
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