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「それは先輩に選んだんですよ。
やさぐれ者にはこれかなと」
「一言余計なのよ」
揺らぐ本心を悟られたくない俺は、優しい言葉をかけられない。
それでも彼女は包みを抱き締めるようにしてにっこり笑った。
「嬉しい。これ、使ってみたかったの」
その笑顔を見ながら、少し前に成瀬さんへのプレゼントを頼んできた戸川を思い出した。
あの時はからかって笑ったけど、あいつの気持ちが分かる気がした。
しばらくリップの香りを確かめながら歩く先輩の隣で黙って歩調を合わせているうちに、あっという間に会社付近まで戻ってきた。
細い路地の少し先には駅のある大通りが見えている。
大通りまで送りたいけど、小椋のこともあるし人目につく行動は控えなきゃいけないんだろう。
ここで別れて通用門に通じる路地から会社に戻ると口を開きかけた時、先輩が急に足を止めた。
「…ね。今、塗ってみていい?
誰もいないし。
さっき急いでお店を出たから、何も塗ってないのよ」
思いのほか打ち解けた言葉に俺も足を止める。
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