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「ありがとう。…香りも好き」
寒さでほんのり赤らんだ頬で、白い息を吐きながら彼女が笑った。
これまで俺に向けられることのなかったその無邪気な笑顔を見た時、突如、今まで目をそらしてきた何もかもをごまかせなくなった。
くすぐったく込み上げる、
初めて味わう感情。
身体だけでいいなんて嘘だった。
本当は、自分の手で彼女を笑顔にしたかったんだ、と。
「でもこれ、つい舐めちゃいそうね…」
俺を見上げた彼女の言葉が途切れた。
薄暗く静かな路地。
二人とも無言で見つめ合っていると、大通りの喧騒が遠くなった気がした。
手を伸ばし、寒風で冷えた頬に触れる。
心を占めるのはただ一つの感情。
目を合わせたまま顔を近づけると、大きな瞳がとろりと焦点を失う。
「篠……」
目を閉じながら彼女が小さく零した囁きをすくい上げ、消えないように閉じ込めた。
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