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今までキスは行為の意思確認程度にしか思っていなかった。
純粋に触れたいと思ったのはいつ以来だろう。
壊れもののように、傷つけないようにそっと触れた唇は、溶けるように柔らかく甘かった。
「……っ」
それはどのぐらいの時間だったのだろう。
突如、ひときわ大きく鳴り響いた大通りのクラクションの音で儚い陶酔が破られた。
鋭く息を吸って飛び退いたのがどちらが先だったのか分からない。
一瞬にして距離の開いた二人の間を乾いた風が通り抜ける。
彼女は呆然と立ちすくんでいた。
「……すみません」
俺は何に酔っていた?
「もう行きますね。
部長が痺れを切らしてるでしょうから」
あの一瞬に夢を見るまいと、努めて冷静な声を出す。
「ああ…そうね。頑張って」
彼女も大人な笑顔を返してきた。
「俺は通用門側に戻るのでこっちの角から行きます」
「遅くならないようにね」
「じゃあ、お疲れさまです。
帰り、気を付けて」
たった今起こった出来事から二人ともが目を逸らすようにして、背を向けた。
「……篠田君!」
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