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急いで立ち去ろうとするのに、先輩の声が俺の足を止めた。
「話、聞いてくれてありがとう。
……リップも」
彼女はまだ胸にリップを握り締めたまま。
それが、嫌われ者で居続けようとする俺を中途半端にさせる。
「いえ。
また何かあったら言って下さい。
…じゃあ、また明日」
また歩き始めると、彼女の靴音も同じ早さで遠退いていく。
それはやがて消えていった。
未練や期待を振り切るように、歩調をさらに早めた。
あの瞬間、はっきりと認めてしまった。
好きだ、と。
キス一つで何を期待してる?
十年間変わらなかった彼女の心の奥底が、俺で変わるとでも?
「部長、遅くなりました」
「ああ篠田君、食事だったのに申し訳ない!羽鳥君も食事で抜けてるし僕じゃどうにも」
「大丈夫ですよ」
騒がしい部長との会話に頭を切り替えながら、もう逃げられない深みにはまった気がして心が落ち着かなかった。
打ち消しても打ち消しても、疼くのは手に入れたいという願い。
そんな望みはいずれ無惨に散ることになると、どこかで予感していた。
ただそれが思っていたより早く、何度も完膚無きまで打ちのめされるとは予想していなかった。
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