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店に入ると、先輩は前と同じカウンター席で肘をつき、紫のカクテルを眺めていた。
“私、浮気しないの”とか抵抗してたくせに、あの酒は気に入ったらしい。
「早かったのね」
俺に気づくと、彼女は硬かった表情を少し緩めて微笑んだ。
「今、ちょうど抜けられそうだったんで。一時間ぐらいですが」
「ごめんね。出張直後なのに」
「いえ」
本当は、あまり時間がないのを無理して出てきた。
軽く腹ごしらえできるものを注文してから、早速本題に入った。
「小椋、かなりひどく突っ掛かってきたんですか?」
「まあ、そうね。……でも、私もかなり言い返しちゃったから」
先輩は珍しく歯切れ悪く口ごもるとカクテルを揺らした。
「先輩が?なんでまた」
「小椋さんから聞いてないの?」
「何も」
先輩の説明によると、俺達がタクシーに乗り込むところを誰かに目撃され、それを知った小椋がトイレで先輩に食ってかかったと。
「へぇ。それで?
どう答えたんですか?」
先輩には悪いけど正直“小椋よくやってくれた”感がある。
俺も初志貫徹できないもので、澄まし返った先輩が俺のことで引っ掻き回されるのは愉快だった。
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