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「……う…ん」
深い夢の中で遠くに物音を聞いた気がして、眠りの底から意識が浮かび上がる。
昨夜は何度も目覚めては腕の中の彼女をそっと抱き締めていたせいで寝不足気味だ。
でも気分は満ち足りていた。
だけど、その夢見心地のけだるさは一気に冷めた。
腕の中に、彼女がいない。
手を伸ばしても、どこにも。
これまで俺は彼女に気まずい朝を迎えさせたくなかったから、彼女が目覚めるまで隣にいることを遠慮してきた。
だけど、今回は違った。
昨夜は身代わりではなく、彼女は確かに俺を見ていてくれたと感じたから。
なのに、隣にはもう微かな温もりが残るだけ。
耳を澄ませても、家の中は静まり返って何の気配もなかった。
跳ね起きて見回すと、床に落ちていたはずの彼女の服もバッグも見当たらない。
慌てて服を羽織り廊下に出ると、玄関に彼女の靴はなく、ただ一本のビニール傘が転がっているだけだった。
……さっきの音は、ドアだ。
咄嗟に車のキーと傘を掴み、服のボタンを留める間も惜しんで外へと飛び出した。
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