第5章

27/30
1286人が本棚に入れています
本棚に追加
/30ページ
エレベーターの表示は一階。 上がってくるまで待っていられず、脇の階段を駆け下りる。 エントランスを出ると、外は昨夜のうちに降った雨と今も続く霧雨で濡れていた。 「先輩!」 少し先に先輩の後ろ姿が見えて、早朝だというのに思わず大声で叫んでしまった。 「良かった、間に合って」 数段の段差すらまどろっこしくて飛び降りる。 彼女は傘もささずに歩いていた。 「どうしたんですか?急ぎの用事でも…起こしてくれたらよかったのに」 走ったせいで少し息が切れるけれど、無事に間に合った安堵で俺は喋り続けていた。 「雨降ってるし、とりあえず戻って下さい。後で車で送ります」 そこでようやく気づいた。 足は止めたものの振り向きもせず、まったく反応しない彼女の不自然さに。 「…先輩?」 彼女の肩に手をかける。 「濡れるから早く戻っ…」 「戻らない」 「え?」 鋭い声と同時に、まるで触れられたくないように身体ごと避けて肩の手を外された。 振り向いた彼女の顔は、昨夜の表情は欠片もなく、冷たく強ばっていた。 想像もしていなかった変化についていけず、ただ呆然と彼女を見つめる。
/30ページ

最初のコメントを投稿しよう!