第6章

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「人それぞれだろうけどね。相手にもよるだろうし」 口にしてはいけない思いを、せめて中野を身代わりにして言葉に残した。 「中野は相手にとって何が幸せかを最優先して別れた訳だろ」 状況を利用すれば、課長との関係に楔を打ち込むことも出来たかもしれない。 だけどずっと彼女の幸せを願ってきたから、それはできなかった。 「強引に自分の物にしても、どうしても与えてやれないものがあるなら、手に入れないのも愛じゃないの?」 強く願っても、俺では叶えてやれないものがある。 彼女は恋をして、 幸せになるべき人だから。 「自分の気持ちのまま押して苦しめるより、手放して自由にしてやりたいと。 そういうことだろ、中野」 彼女がようやく手にする幸せに濁りを残したくない。 俺と課長がこれからも同僚としてやっていくことを思えば、俺の感情もあの夜も、存在してはいけないのだ。 だから俺はろくでなしのまま、あの夜を単なる過ちとして彼女が記憶から消すことを望む。
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